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MAP菌に対して殺菌効果がある抗菌剤を複数同時にクローン病患者に長期間投与する大規模偽薬対照治験がオーストラリアでおこなわれ、世界中の学者がその結果に注目していましたが、残念ながらあまり良い結果は得られなかったようです。短期間では効果が見られたのですが、長期的には効果はみられなかったそうです。ただし、投与開始前と投与終了後の時点で患者にMAP菌がいるかどうかを検査しなかったので、「MAP菌の除菌に成功したのにクローン病の症状が長期緩解しなかった」のか「MAP菌の除菌に失敗したためにクローン病の症状が長期緩解しなかった」のかが不明です。よって、「MAP菌はクローン病の発症には関係が無い」と結論付けられた訳ではないようです。 以前に述べましたが、クローン病の発症に関わっているのではないかと世界中の研究者が疑っている細菌、 Mycobacterium avium subspecies paratuberculosis (マイコバクテリウム・アヴィウム・亜種パラチュバキュローシス。略して「MAP」) は牛などの家畜にヨーネ病と呼ばれる人間のクローン病とそっくりの病気を起こすことが知られている菌です。反芻動物にだけではなく霊長類にも感染することが知られている菌です。 このMAP菌に対して殺菌効果がある抗菌剤(抗生物質)を複数同時にクローン病患者に投与してみたところ短期間ではあるが効果が見られたという報告が相次いだのを受けて、年単位という長期に投与する治験がオーストラリアで実施され、その結果が医学論文雑誌に掲載されましたので、その結果の概要と、同じ雑誌に掲載されたほかの専門家による論説の概要を皆さんに紹介したいと思います。 ▽▽▽▽▽▽ ここから論文の概要の紹介 ▽▽▽▽▽▽ 【治験の結果を報告した論文】 Two-year combination antibiotic therapy with clarithromycin, rifabutin, and clofazimine for Crohn's disease. Selby W, Pavli P, Crotty B, Florin T, Radford-Smith G, Gibson P, Mitchell B, Connell W, Read R, Merrett M, Ee H, Hetzel D; Antibiotics in Crohn's Disease Study Group. Gastroenterology. 2007 Jun;132(7):2313-9. Epub 2007 Mar 21. [論文要約] (英語) 『クローン病患者に対するクラリスロマイシン、リファブチン、クロファジミンによる2年にわたる抗菌剤多剤併用療法』 治験の目的は、「MAPがクローン病の原因なのか」を証明することではなく、「抗菌剤の投与に効果があるのかどうか」を検証することである。 治療の内容は クラリスロマイシン(clarithromycin) 750mg/日 リファブチン(rifabutin) 450 mg/日 クロファジミン(clofazimine) 50 mg/日 これらを同時投与。3つともMAP菌に対して効果がある抗菌剤。3剤も併用するのは耐性菌が出現して効かなくなってしまうことを回避するため。 クラリスロマイシンは細胞内に寄生している菌にも細胞外の菌にも効果があり、AIDS患者のMycobacterium avium感染症に対して効果があることが判っている。 リファブチンはリファンピシン(rifampicin)の誘導体(=分子の形を少し変えたもの)。 クロファジミンはエタンブトール(ethambutol)と共に用いることで効果が見られたという小規模治験の報告があるので選択した。 なお、最初の16週だけ緩解導入の目的でプレドニゾロンを投与した。40mg/日から始め、16週目にゼロにした。 活動期クローン病患者213人を実薬群102人と実薬群111人にランダムに振り分け、実薬群には上記3剤とステロイド剤のプレドニゾロンを、偽薬群には偽薬とステロイド剤のプレドニゾロンを16週間投与したところ、 実薬群では67/102人(66%)が緩解 偽薬群では55/111人(50%)が緩解 した。統計学的解析で実薬の投与に効果があったことが証明された(P=0.02)。 最初の16週間の投与で緩解した両群の患者を対象として更なる治験を行なった。52週目までそれぞれ実薬と偽薬を投与し続けたところ、 16週目から52週目の間に一度も再燃をせずに緩解を維持できた患者は 実薬群では41/67人(61%) 偽薬群では24/55人(44%) だった。統計学的解析で実薬の投与に緩解維持の効果がなかったことが証明された(P=0.054)。 (草はみ注: 普通はPの値が0.05以下であると「有効性あり」と判定されるのですが、惜しい数値です。) 52週目まで緩解を維持できた両群の患者を対象として更なる治験を行なった。104週目までそれぞれ実薬と偽薬を投与し続けたところ、 52週目から104週目の間に一度も再燃をせずに緩解を維持できた患者は 実薬群では31/42人(74%) 偽薬群では16/28人(57%) だった。統計学的解析で実薬の投与に緩解維持の効果がなかったことが証明された(P=0.14)。 104週目まで緩解を維持できた両群の患者だけを対象として経過観察を行なった。どちらの群とも投薬をやめて156週目までそれぞれ経過を観察したところ、 104週目から156週目の間に一度も再燃をせずに緩解を維持できた患者は 実薬群では14/34人(41%) 偽薬群では10/20人(50%) だった。統計学的解析で実薬群に緩解継続が見られなかったことが証明された(P=0.54)。 結局、効果が見られたのは最初の到達点であった16週目においてだけだった。これは、抗菌剤に一般的に見られる一時的な抗炎症効果によるものだったかもしれない。 今回の治験では患者にMAP菌がいるかどうかの検査を行なわなかった。なぜなら、治験を開始した当時、信頼性のある検査法が無かったからである。 (草はみ注: MAP菌に対して殺菌効果が高い抗菌剤を複数投与するこの長期間治験では残念ながら長期的な効果が見られなかったようです。ところが、投与開始前と投与終了後の時点で患者にMAP菌がいるかどうかを検査しなかったので、「MAP菌の除菌に成功したのにクローン病の症状が長期緩解しなかった」のか「MAP菌の除菌に失敗したためにクローン病の症状が長期緩解しなかった」のかがわかりません。実はそこが重要なところだと思います。現在はMAP菌の有無を検査する信頼のおける試験法がありますので、その検査法を採用し投与量を増やした上で更なる治験を実施してみるべきかもしれません。ただし治験費用がたくさんかかるのだろうと思います。) 【同じ医学論文雑誌に掲載された論評】 Antimycobacterial therapy in Crohn's disease: game over? Peyrin-Biroulet L, Neut C, Colombel JF. Gastroenterology. 2007 Jun;132(7):2594-8. 『クローン病における抗マイコバクテリウム療法: ゲームオーバー?』 結核では抗菌剤による治療によって80-90%に効果が見られる。 クローン病患者にMAP菌の除菌を試みるにあたってエタンブトールやイソニアジド(isoniazid)などの結核菌に対する古い世代の抗菌剤を投与していた治験の例も過去にはあったようである。これらの抗菌剤はMycobacterium avium種の菌に対しては効果が無い。 耐性菌の出現を防止するために除菌には3剤以上の抗菌剤を同時に使用することがのぞましいとされているのに、1剤か2剤しか投与していなかった治験の例も過去にはあったようである。 Mycobacterium avium種の菌の除菌にあたって推奨される投与量は、 クラリスロマイシン(clarithromycin) 1000-2000mg/日 リファブチン(rifabutin) 600 mg/日 クロファジミン(clofazimine) 100 mg/日 であるが、今号に報告論文が載ったSelbyらの治験での投与量は クラリスロマイシン(clarithromycin) 750mg/日 リファブリン(rifabutin) 450 mg/日 クロファジミン(clofazimine) 50 mg/日 であったので、量的に足りていなかった可能性がある。病変組織において薬剤濃度が殺菌に要求される最低濃度に達していなかった場合、耐性菌の出現により長期には効果が見られない可能性がある。 結核菌は脂肪細胞の中に入り込んで休眠状態に入って抗菌剤イソニアジドの攻撃を耐えるということが最近明らかになった。クローン病患者においては腸間膜に脂肪組織の肥大があることが知られていて、更にそこではかなりの量の細菌が繁殖していることが知られている。MAP菌がクローン病患者の肥大した腸間膜脂肪組織内で休眠状態に入って抗菌剤の攻撃を耐えることができるのかどうかということは明らかにはなっていないが、その可能性は考えられる。 試験管での実験で、免疫抑制剤の6メルカプトプリン(6-mercaptopurine)とメトトレキセート(methotrexate)にMAP菌の増殖を抑える作用が見られたとの報告がある。今回の治験でも免疫抑制剤を同時に使用していた実薬群の患者において有効率が高かったという結果が得られている。 (草はみ注: 免疫抑制剤がクローン病の症状を改善するのは過剰な免疫反応を抑制する作用があるためと今まではされていましたので、免疫抑制剤の6メルカプトプリンとメトトレキセートにMAP菌の増殖を抑える作用があることが明らかになりびっくりしました。どちらの作用が症状改善に関わっているのか、あるいは両方関わっているのか、研究が進められて欲しいと思います。) △△△△△△ ここまで論文の概要の紹介 △△△△△△
by pascor
| 2007-10-28 18:26
| クローン病
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